鵠ノ夜[中]
「レイちゃんが、誘拐された日。
シュウくんが電話で話して、そのときに聞いたことを教えてくれたんだけどー、」
「………」
「聞けば聞くほどね、わかんないの」
芙夏は努力家だと思う。
日頃の様子を見ていても、稽古の話を聞いていてもそう思う。そしてそれのすべては、兄貴の代わりになるため、だった。
「聞かされることはいつだって、ぼくが知ってるお兄ちゃんの、正反対なものばっかりで。
だけどそれのどれもが、全部、事実なんだよねー」
たったひとつ、されどひとつ。
だけど中学生と高校生、という差は、大きい。ひとつ歳が違えば随分と、できることとできないことに差もある。
俺ら4人と、雨麗と。
歳が一つ上の奴らに囲まれても尚、決めたことだけを守り抜いて、地に足をつけて立っていただけでも、十分なくらいだ。
「レイちゃんはね、ぼくらのことも、小豆さんのこともわかってて。
レイちゃんが確信を持ってこうだ、って言ったことは、絶対その通りで。それって、レイちゃんが誰よりもぼくたちを見てるからできることなんだよ」
「……そうだな」
「だけどぼくは、そうじゃないから。
思い込んでただけで、甘い夢に騙されてただけで、ずっと庇護されてただけだって、痛いくらいに現実を知ったけど、」
いつの間にか、甘く伸びた話し方は消え去って。
まぎれもない芙夏の心の声が直接言葉として形になる。それがまだ一人前になれない中学生の現実を噛み締めるものだと気づけば、どうしようもないほどに痛い。
「ひとつだけ、ほっとしたんだ」
昔あいつが、言っていた。
どうして「シンデレラの魔法は12時にとけたのに、ガラスの靴は消えなかったんだろう」と。
それは物語の構成上、消えたら話にならないんじゃないか?と。
どうもリアリティがあって面白みのない返事をした記憶があるが、あいつの求めていた答えは、そんなんじゃなくて。