鵠ノ夜[中]
クマがついたスマホとは別の、仕事用のそれ。
淡々と要件を話すと、小豆は『事務所です』と返してくる。……なら、繁華街までそう遠くないわね。
「売る予定だった相手との待ち合わせは?」
封筒を渡してくれた女の子の目線に合わせ、できるだけ優しく尋ねる。
時刻とホテル名、部屋番号までも教えてもらい、それをそのまま小豆に伝えた。
「聞いた感じ、もうかなりの回数の使用者よ。
何をされるかわからないから、万が一のことも考えて、絶対に3人以上で対応して。お父様は?」
『先ほど出られてしまいましたので、』
「それじゃあ許可が貰えないせいで勝手に動いて怒られるだろうけど、わたしが許可する。
……あとの責任はすべて、このわたしが負うわ」
この機会を逃せば、次はもう無いかもしれない。
普段なら「雨麗様、」と遠慮がちな小豆であっても、この時ばかりは主人であるわたしに逆らえない。
『畏まりました。組員を3人連れて現場に』
「ええ。……何かあったらすぐに連絡して」
電話を終えて、スマホを片づける。
それから女の子たちに「ねえ」と声を掛けた。
「……色々教えてくれてありがとう。
エンコーの件は、生憎わたしがどうこうできる問題じゃないのよ。だから教えてくれたことに免じて、今回は目を瞑る。あと、売人の件だけど、」
ふたりにスマホを取り出させ、やり取りしているというSNSを開かせる。
それから『御陵家当主からの命令で、今後は関われません』と売人に向けて送らせた。
「……これでもう連絡が来ることは無いはずよ。
"売人"なら、このあたりが御陵の敷地であることを知らないわけがないもの」
わたしの手が届きそうなところまで来てる。
そうなれば、この子たちとの関係は簡単に切ってくれるだろう。終わりなんて案外呆気ないものだ。