鵠ノ夜[中]
あの話を聞かされて、きっと冷静ではいられないだろうから。
本邸の自室には帰らず、別邸の玄関を開けると、リビングからぴょこっと芙夏が顔を出す。それを見て、なんだかすごくホッとした。
「おかえりみんなー。
帰り際に新しくドーナツ屋さんできてるの見つけちゃったから、寄ってもらって買ってきたんだー」
いっしょにたべよ?と。
屈託のない笑顔を向けてくれる芙夏の頭を撫でる。
「……レイちゃん? どうかしたの?」
「ううん。……ドーナツ食べましょうか。
ほら順番に手洗って。着替えるなら先に着替えてきなさい」
「はやくはやくー!
ペットボトルのカフェオレとかコーヒーも本邸からお願いしてもらってきたよー!」
みんなのことを、芙夏が急かす。
各々が動き出すのを見て、芙夏がみんなに気づかれないようににこりと笑ってくれたけど。
「ありがとう、芙夏」
「うん?ぼく何にもしてないよー」
わたしの表情や言い方で気持ちを汲んで、みんなに声を掛けてくれたんだろう。
その心遣いに、本当にとっても救われてる。
「買ってきてくれたお礼に、
芙夏から好きなドーナツ選んでいいわよ」
「ほんとっ? やった!」
「ふふ、どれにする?」
手を洗って、芙夏とドーナツの箱を覗き込む。
鮮やかに彩られたそれらをみんなで選びながら、暗い気持ちは封じ込めた。……大丈夫。まだ頑張れるわ。