鵠ノ夜[中]
小学生の頃の俺は、一体なにをしてたっけ。
たぶん平均的な、何ら変わり無い平凡な小学生だったと思う。いや顔だけは今と変わらず平凡じゃなかったかも、しんねえけど。
「あいつは教え込まれた仕事を小学生とは思えないほど的確に熟して、御陵の裏事情も知った。
仲が悪かった五家の、お前らの両親とも直接話をして、あいつが、確実に御陵五家を自分の傘下につけた」
だから、と。
憩さんがわずかに伏せていた瞼を持ち上げた。
「御陵も、御陵五家も。
表向きには旦那様の指示で動いてることになってるが。実際権力を握ってるのも指示してるのも雨麗で、誰も雨麗には逆らわない」
「……御陵の、女王、」
「巷では本当に女王って呼ばれてるらしいな。
表に一切顔を出さない御陵の奥様が女王だって説もあるけど、本当の女王は、あいつのことだ」
こんな時に限って。
優しく俺の名前を呼ぶお嬢の姿ばかり浮かぶ。
「油断しない方が良いぞ。
……気づいたら全部あいつの手の中だ」
「、」
「だから。
……いっそ嫌われた方がマシな可能性もある」
いくら雨麗でも、嫌いってだけで誰かを殺したりしない。
そう言うこの人は。──どんな思いで、お嬢のことを口に出してるのか、さっぱりわからない。
「それでも……好きですよね?」
確かめるように、問いかけた俺に。
すぐそこのスーパーの照明を借りるように背に光を浴びた彼が振り返る。──ああ、やっぱり。
「好きでもねえ女のこと、
何年もかけて口説いたりするかよ」