鵠ノ夜[中]
この人も俺と同じだ。
そう思ったから、すごくつらくなった。
こんな風に余裕げで大人なこの人でも。
歳がこれだけ離れているこの人でも。──こんな風に真剣になってしまうほど、お嬢はそう簡単に揺らいでくれない。
同じようにお嬢を想ってる男が、何人もいる。
誰一人だって、冗談じゃない。
「──キ。ユキ。……雪深」
「……え?」
「もう、ぼうっとしちゃってどうしたの。
みんな先に降りて別邸に帰っちゃったわよ?」
──じっ、と彼女に見つめられて、ようやくここが車の中だったことを思い出した。
軽く昨日のことを思い出しているつもりが、意識がそっちに飛んで彼女の声が聞こえなくなるぐらい、考え込んでいたらしい。
「ごめん、考え事してたら現実から飛んでた、」
「調子悪い? 休むなら部屋用意するわよ」
「んーん……
そんなんじゃないから、だいじょうぶ」
艶のある黒い髪が、車の外から射すわずかな光で、濡れたように淡く揺らめく。
指で触れて、温度のない細い髪に苦しくなって、誤魔化すように彼女を抱き寄せた。
「お嬢……」
憩さん。すごく素敵なアドバイスをくれたのに。
いっそ嫌われた方がマシかもなって、俺のために言ってくれたのに、素直に聞き入れられなくてすみません。
堕ちた、ってことには、自分で気づいた。
だって俺。……騙されたって、構わないから。