鵠ノ夜[中]
◇ 愛す術など、はじめから
・
「まだ満足しねえのか?」
背後から。
聞き慣れた声に耳を撫でられて振り返ったら、いつの間にかすぐそばにいたらしい憩に、強く抱きしめられた。
んー、と気のない返事をしながら、目の前に広がる夜景を見つめる。
静かな場所にあって、高台でもないわたしの家からは、こんな風に綺麗な夜景は見えない。
「綺麗よね」
「そうか?あのやたらでけぇビルなんか、超一流企業だけどよ、深夜まで電気がついてることも珍しくねえし。
……こっから見えるビルのほとんどは残業してるヤツらの明かりだろ。ブラックだブラック」
「そういう夢のないこと言わないでほしいんだけど……」
もしかしたら、近くにある高級ホテルの客室の光かもしれないじゃない。
どこかのイルミネーションの光とか、どこかの企業の看板の電飾とか、そういうのも絶対あるじゃない。
「そんなに世間は甘くねえっての。
つーかお前、俺のこと待たせすぎだろ」
「え、ちょっと、わたし今からお風呂、」
「俺はもう仕事終わった」
「ちょっ、待っ……!
今日暑かったから、せめてシャワーだけ、」
抱き上げられてばたばたと暴れても、憩はその腕にダメージを負うこともなくわたしを寝室へと連れていく。
そのまま逃げようと思うけれど本気で逃げていないのは、心底嫌だと思っているわけじゃないからで。
「ああ、そうだ。夜景見すぎんなよ。
……結婚するまでに見飽きたら面倒だろうが」
わたしを口説く彼の瞳に、逃す気はナシ。
獣に捉えられたみたいに動けないまま、軽く体重をかけられて、ベッドに深く沈み込んだ。