鵠ノ夜[中]
「モテたいというよりは、むしろお嬢が気に入ってくれたらいいなあって思って選んだだけだし……
いやまあ理由はたしかに不純だけど!モテたいとかはほんとに違うから、」
「……焦りすぎじゃない?」
わたしそんなこと思ってないわよ、と。
身振り手振りで必死に弁解する雪深を振り返って、彼の首元にかかるやわらかい髪を指に巻く。
頼りなさげに目尻を下げた雪深が「ほんとに?」って聞いてくるから、ほんとに、と笑って返した。
こういう、雪深の素直なところは可愛くて好きだ。誰よりも正直に好きと言ってくれるところも、愛おしく思えるのに。
「あら……ごめんなさい。
仕事の電話が入ったから、また後で」
「あ……うん。
いって、らっしゃい……」
好きに、なりきれない。
雪深のことも胡粋のことも、小豆……いや、櫁のことも。何なら憩のことすら好きになり切れなくて、今もどこかを彷徨うようにふらふらと手を伸ばしてる。
「昨日わたしの大事な子たちを勝手に連れ出しておいて……
呑気に電話してくるなんて勇敢ね、ゼロ」
『はは、それはどうも。
だから君に番犬たちの外出許可をもらおうと思って』
「却下。
あなたと会うと分かっていて、私があの子達の外出許可を出すと思う?絶対に出さないわよ」
『つれない姫だなぁ、まったく』
まったく、と言いたいのはわたしの方だ。
勝手に余計なことをぺらぺらと話されては困る。あの子たちはまだ、御陵やわたしに隠されたままの真実を、何も知らない。
『じゃあ……そうだな。
君自身にするよ。僕と素敵な夜を過ごさないかい?』
裏切るつもりもないなんて、本当に笑える。
髪に指を差し込み、くしゃりと崩して「ええ、いいわ」と迷わず返事した。わたしもこの男も、端から利用することしか、考えていないんだから。
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