鵠ノ夜[中]
◆ はじけ飛ぶ、泡沫微炭酸
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俺は断じて認めていないが、これは"デート"らしい。
耳に心地良いジャズの流れるバーの、個室。といっても空間を隔てる仕切りは薄く、薄暗さゆえに仕切りの向こう側は見えないが、ひっそり囁かれる愛の告白がちらほらと耳に届く。
恋人が多いこの場所に俺らがいるのは、繰り返すが断じてデートではなく、彼女の仕事のためだ。
個室で向き合っている男もまた、女連れ。
「最近こっちにいないと思ったら、海外に行ってたそうね。
あなた、わざわざ情報を海外まで追ってたの?」
一見おしゃれに見えるが、実際は背の低いグラスに紙ナプキンを敷いて差し込んだだけのポッキーを、彼女が一本抜き取る。
そのまま口に咥えて、ただ食べ進めていく様ですら艶やかに見えるのは、彼女の色気と気迫故のもの。
「まさか。ただのバカンスだよ」
「あら、そう。
情報屋ってずいぶんと羽振りがいいのね」
「よく言うよ、莫大な資金を俺の懐に入れてるのは紛れもなく自分のくせに」
はっきり理解できてるわけではないが、ある程度腹の探り合いをしつつ、黒い会話をしていることはわかる。
表の金だか裏の金だかは知らないが、この男の懐には御陵からの莫大な資金が入る。つまりは彼女が、ある程度重い信頼を置く相手。
「あなたの情報は早くて信憑性が高い。
……情報屋として最高のクオリティを提供するあなたに見合ったお金を渡してるだけよ」
「動かせる金が多ければ、動く情報も多くなるだけのことでしょ。
……それはさておき、今日の要件は?まさか俺と世間話をするためだけに、俺のお気に入りの場所に男を連れてまで来たわけじゃないだろ?」
ようやくの本題に、くすりと笑って彼女がカクテルグラスを傾ける。
バカンス、と聞いて思い浮かべるような淡いブルーの液体を口に運ぶ彼女。中身はアルコールと聞いて流石に止めかけたが、このバーも、御陵の息がかかった場所。俺が止めるだけ無駄だ。
「わたしも好き好んで男なんか連れてこないわよ。
あなたの事だから調べてるだろうけど、この子は、」
「壱方柊季、15歳。
学校は君と同じで実家は御陵五家の一つ、壱方家。中国四国地方を担当する家で、拠点は山口」
「さすが情報屋」と、彼女が楽しげに笑った。