鵠ノ夜[中]
それ普通女が言うか……?と、どこか偏見的な目になる俺に、「そうじゃなくて」と付け足すレイ。
言葉通りの意味で、そうじゃねー理由なんか見当たらない。わずかに伏せられた瞳を縁取る長いまつ毛が、天井の照明を受けて彼女の目の下に影を作った。
「色々"こうしたい"って思ってる欲求が……
どれも上手くいかないから、欲求不満なの」
「……それ行き詰まってるだけじゃねーの。
欲求不満とかややこしい言い方すんなよ」
「そうなんだけど……」
酒で思考が追いつかないのか、めずらしく歯切れの悪い返事をする彼女。
甘えるように凭れかかられても、潤んだ瞳で見つめられても、なんとも思わない。なんとも思わねえ、けど。
「……うん、いっそ柊季っていうのも、有り?」
──引き離さねえのも、こいつだからだ。
「……嫌な予感しかしねーんだけど」
「わたしは楽しい予感がするわよ?」
やっぱりめんどくせー。
……介抱なんか引き受けるもんじゃねーな、と舌打ちしたい気持ちをおさえて彼女の手にあるギムレットのカクテルグラスを奪う。
「あ、」
わずかに白みがかったそれを一気に喉に流し込んで。
重なったくちびるから、同じ香りがした。
「しゅ、」
シュウ、なんて、呼ばせる隙も与えてやらない。
つーか俺の本名、柊季だって知ってんだろ。