鵠ノ夜[中]
切実に帰りたい。
しかしまあ、短い期間でこの男の性格をある程度把握してしまった俺たちは、この男が「夕飯のあと」と言ったら、それを曲げないだろうと予想した。
仕方なく出された食事を進める。
ちなみに御陵の食事は和食が大半、時々洋食。ここで出てくる料理は、どこか有名なレストランのシェフが作ってんじゃないかな、と思わせるようなフランス料理。
……偏見だけどな。料理に罪はないから美味いよ。
ただ俺ら今日の昼にローストビーフ食べたから。あれ、ローストビーフってフランス料理だっけか。
「というか、八王子さんー。
ぼくたちね、八王子さんの下の名前知らないんだけど、」
「それを言うなら、僕だって君たちの名前を聞いてないよ?
……まあ、聞いてなくても知ってるけどね」
「その性格マジで何とかなんねえの?」
いちいちむかつく男だな……
面倒な建前抜きに話してくれたら良いものを、わざとこうやって煽るような口調にするから腹が立つ。
これはもう反応しないほうがいいと、黙り込む。
さっさと帰ろうと食事を済ませ、なぜか紅茶を淹れてもらうという待遇の後、ようやく男が口を開こうとしたところで。
「ゼロ様、御陵嬢がいらっしゃってます」
この男に仕えているだろう例の執事さんが、声をかけた。
お嬢は来ないんじゃなかったのかと男の顔を見れば、至極愉快そうな顔で一言。
「……あーあ、来ちゃったか」
「……どうされます?
お通ししてもよろしいですか?」
「通さなくたって、簡単に侵入してくるからね。
仕方ないなあ。通してあげて」
かしこまりました、と彼が下がって間もなく。
姿を現したお嬢は、光沢のある赤いピンヒールをカツカツ鳴らして部屋を横断すると、ソファに優雅に腰掛けていた八王子に躙り寄った。