鵠ノ夜[中]

◇ 黒き御簾の、その向こう側で








高級マンションの、オートロック。

事前に教えてもらった部屋番号を打ち込むと、機械の向こうでチャイムの鳴る音がした。そして、『はい』と感情もない無機質な声。



「雨麗です。お母様の面会に」



『ああ、お嬢様でしたか』



お迎えにあがりますと言われて切られたかと思うと、1分も経たないうちに応答した彼はこちらまで歩いてきた。

ガラスドアを開けてもらって、「お母様の調子は?」と尋ねる。



「今は落ち着いておられますよ。

……それよりお嬢様、ここまでどうやってお越しになられたのですか?小豆は?」



「タクシーで。

小豆は今日有給だもの。ほかの誰かに車を出してもらおうかと思ったけどほら……今ちょっと、事務所の方がばたついてるじゃない」



御陵の仕事は、基本的にわたしがこなしている。

けれど決して、お父様が何もしていないわけじゃない。御陵邸から車で15分ほどの場所には、御陵組の事務所がある。




その事務所で仕事をしているのがお父様なのだ。

わたしはまだ正式に跡を継ぐと決まっているわけじゃないから事務所には月に1度顔を出せばいい方で。



「ああ……例のドラッグですか」



「そうよ。

でもまあ、ドラッグを着実に広めているとなると、掴んだところで蜥蜴(とかげ)の尻尾切りでしょうけど」



ここ最近は皆、昨日情報屋の彼に依頼した通り、例のドラッグについて嗅ぎ回っているのだ。

御陵五家が拠点を置く場所ならまだしも御陵の敷地内に直接持ち込まれたようで、片っ端から捜索してる。



「麻取も、同じように追ってるみたいですよ。

どうやら新種の薬物で、早くも『モルテ』と名前がついてるんだとか」



「モルテ?」



「ええ。イタリア語で『死』を意味する名前だそうです。

主な成分はメタンフェタミン……つまり覚せい剤と同等のドラッグで症状もそれらとあまり変わらないようですが、」



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