鵠ノ夜[中]
エントランスをくぐり抜けて、エレベーターの前を素通りし、1階の廊下を奥へと進む。
御陵所有の高級マンション。──シン、とした中で、ふたり分の足音と淡々とドラッグについて告げる彼の声だけが静寂を揺らす。
彼はお母様に仕える専属の使用人。
つまりわたしにとっての小豆と、同じ存在。
「精神的な快楽は覚せい剤の約3倍だそうです」
「そうね……そうなれば当然、」
「モルテが人体に与える悪影響も、少なくとも3倍。
……けれどまあ、効果と悪影響が同率なんてありえませんから、」
「悪影響の方が大きい。
……依存性なんかも強いでしょうね」
御陵にもそうやってドラッグの解析をできる人間や、それらの情報をくれる相手はいるけれど。
さすがに専門とする機関や、警察には及ばない。当然ながら政府のお膝元にある警察が、敵対してるこちらに情報をくれるわけないし。
「まったく、厄介なものですね」
ため息をついた彼が最奥の部屋の前で足を止めると、鍵穴に鍵をさしこんでかちゃりと回す。
わざわざ鍵をかけて出てきたのかと思ったけれど、どうやら部屋もオートロック式らしい。
どうぞと通してもらい足を踏み入れると、リビングの先、広い庭に置かれたテーブルセットで、彼女は優雅に紅茶を飲んでいた。
……ああ、だから、1階なのか。
「お母様」
「いらっしゃい、雨麗。
こっちに来て一緒にお茶しましょう?」
自然の多い場所にすると聞いていたのに、本邸からはそこまで離れていない都会。
そんな場所で気休めになんてならないだろうと思っていたけれどこのマンション、1階だけは全室に広い庭がついているみたいだ。
この時期でも庭は綺麗な花であふれていて、その中にいるお母様はいつも以上に綺麗に見える。庭の情景がどこか御陵邸と重なって、わざわざ似せてつくったことは言われなくてもわかった。
うなずいて椅子に腰を下ろすと、お母様はふわりと笑ってくれる。