鵠ノ夜[中]
手土産に持ってきたケーキ。
彼に手渡したら、紅茶と一緒に準備してくれた。レモンケーキが美味しいのだと評判になっていたから、少し前から気になっていたものだ。
「今日は、櫁と一緒じゃないのね」
「ふふ、お母様も気にするのはそこなの?
彼は今日有給だから、一緒には来てないわよ」
真夏だから、外にいるのはすこし暑いけれど。
よくカフェの外にあるような、大きなパラソルのおかげですこし涼しい。グラスの中でオレンジ色の紅茶が、陽を浴びて煌めく。
「だって、雨麗のそばにはいつだって櫁がいるんだもの。
いないと違和感を感じちゃうわ」
「……たしかに一緒にいるけど、」
過保護な専属使用人だけど。
毎日一緒にはいるけど。彼が専属となったのはわたしが高校生になる直前のことで、そんな、違和感を感じるってほどじゃないのに。
「やっぱり、覚えてないのね」
「……え?」
「雨麗が生まれた頃から……
ずっと、櫁はあなたのそばにいたのよ、雨麗」
わたしは、現在16歳で。
小豆は誕生日が来たら24歳になるから、わたしよりも8つ上。わたしが物心ついたころにはもう、当たり前に小豆兄弟がそばにいたのだ。
「生まれた頃のあなたは、わたし以外の相手におどろくほど懐かなくて……
抱っこされたら、父親であるあの人でも、憩でも、使用人でも。関係なく、嫌がって泣いてたのよ」
「き、記憶にないんだけど……」
当たり前だけど覚えてない。
というかお父様にも憩にも抱き上げられて泣く、って。そんな話を掘り返されたら、さすがに恥ずかしい。