鵠ノ夜[中]
「かなり遠くから聞こえてましたよ?」
不思議そうな顔をする小豆。対してわたしは、脱がされ慣れ……と。
さっきの芙夏の発言を思い出して、そこで思い切り顔を赤く染めてしまった。何にせよ気まぐれでも、わたしが最後に脱がされたの、って。
「っ、何もないから……!」
あの日の夜だ。
雛乃ちゃんの結婚式のあった、あの夜。
つまり相手は小豆だったわけで、とっさに声を上げたわたしに彼は「雨麗様?」と首をかしげた。
それから「熱でもあります?」と聞いてくるから、意味もなくむかついた。誰のせいだと。
「まあ……なにか危険なことでもある訳ではないようなので、私はこれで失礼致しますね。
……ああ、雨麗様。こちら届いてたようですよ」
ツカツカと部屋に入ってきた小豆に、封筒を渡される。
何も考えずに「ありがとう」と返事しようとして、言葉が止まった。それを不審に思ったのか、わたしを見下ろした小豆から。
「……小豆、どこかに出掛けてた?」
──ふわりと、甘い香りがした。
いつもの小豆の香水の匂いじゃない。甘い女の人の香りがして、ドクンと変に心臓が波打つ。
「ええ。すこし私用で」
いつもなら、教えてくれるのに。
「私用」なんて言葉ではぐらかされたのは初めてで、うまく言葉が見つからない。なんだ、これ。まるで……わたしが戸惑ってる、みたいだ。
「何か私に用事でもありました?
それなら休日でも構わずに連絡して、」
「ううん……なんでもない。
ごめんなさい引き止めて。封筒、ありがとう」
無理やり言葉を終わらせて彼を見送ろうとしたのに、様子がおかしいと気づいた小豆はそう簡単に逃がしてくれない。
当然熱なんてないのに額に触れられて、その間も彼の纏う甘い香りが、慣れなくて嫌だった。