鵠ノ夜[中]
まるで、幼い子どもみたいな問いかけ。
小豆はわたしのことを不安そうに見つめて、流れる黒髪に触れた。わたしが、誘拐されて暴行されるフリをしたとき、唯一、拒んだもの。
あのとき髪を切られたくなかったのは。
憩が唯一、褒めてくれたものだったから。……の、はずだったけど。
「その問いかけの答えは、『いいえ』です」
「、」
潔く否定されて、なんだかぐさっとくる。
わたしのことを好きじゃなくなったら、どうやら彼はもうわたしを一番大事とは言ってくれないらしい。随分と薄情な専属使用人だ。
「ですが、雨麗様」
どうして、忘れていたんだろうか。
……思い返せば櫁はもっと頻繁に、昔からわたしの髪を綺麗だと言ってくれていたのに。
「そもそも俺が雨麗様を好きじゃなくなる、なんて。
……よっぽど酷いことでもされない限りは、ありえませんよ?」
「あ、ずき、」
「安心してください。
いまのところ、好きじゃなくなる予定なんてありませんから」
言い切る小豆に、鼓動が僅かに乱れた。
なんだかすごく触れたくなったけど我慢して、今度こそ彼を見送る。ふっと小さく息を落としてようやく、部屋の中が呼吸を取り戻したみたいに。
わずかに伏せていたまぶたを持ち上げることで視線を上げると、いつの間にか耳を塞いでいた手は離れたようで菓ちゃんが首をかしげる。
何度見ても可愛らしい子だな、とぼんやり思っていたら。
「雨麗さんって……いまの方のこと好きなんですか?」
「……え?」
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