鵠ノ夜[中]



だから。

だから彼女が好きな相手のことも、もう既にわかっていた。あやすように背中を撫でて、彼女が納得してくれそうな話題を探る。



この世界に足を踏み入れた時点で。

綺麗な話なんて、どこにもないから。



俺の創った話でもいいかな、なんて。

そんなことを思案して口を開こうとしたら、既に彼女は腕の中で寝息を立てていた。



「……自由な人ですね」



まだ子どもだから、それが普通なんだけど。

こっちが勝手に振り回されてるだけだ。



彼女は10歳で、人生100年生きるとしてもその10分の1の人生しか歩んでいない。

けれどこの10年は、俺にとっては長かった。彼女が生まれた時はまだ小学生低学年だった俺も、すっかり大学生で。



ほぼ毎日、欠かさずに顔を合わせてきたのだ。

話せるようになった頃には一生懸命言葉を覚えて俺の名前を呼んでくれたし、歩けるようになった頃には俺を見つけるたびに俺に近寄ってきた。




「ん、」



成長する彼女を、見届けてきたからこそ。

いつか誰かのものになってしまうのかと思うと、ほんのすこしだけ息苦しい。



すっかり彼女が眠ってしまったのを確認して、眠っていることでいつもよりも少し重く感じる身体を抱き上げる。

それでもまだ十分軽くて、子どもで。



「……子ども部屋のそばで煙草なんてやめてください、兄さん」



彼女の部屋へ向かうと、すぐそばの縁側では兄さんが煙草をふかしていた。

この様子を見る限り、彼女が怖い夢を見て部屋を抜け出したことは、その時点で既に知っていたんだろう。



彼女が、俺の部屋に来ることも検討済みで。

俺がここへ彼女を連れてもどってくることも、知った上で。



「相変わらずお前に懐くんだなこのクソガキ」



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