鵠ノ夜[中]
執拗なほどに何度も奥底を揺さぶり続ければ、さすがに彼女も途中で完全に意識を手放した。
彼女を横目に確認した時刻は4時過ぎで、職務日の起床時間は4時半。おかげさまで徹夜決定だ。
身体を起こしてひとまず散らばる彼女の服を片づけてから部屋を出ると、まだ誰もいない廊下を通って風呂に行き、シャワーを浴びる。
……ほんと、ここ最近の雨麗様も俺も、らしくない。
兄さんに、いつまでも一途でいてくださったなら。
誰もふたりの隙には入らなかっただろうし。……いや、入れなかったはずなのに。
ふつふつとやるせなく考えながら、寝不足のせいで怠い身体にため息。
シャワーを終えて部屋にもどっても光景は当然の如く出る前と変わらず、彼女はベッドの中で泥のように眠っていた。
「雨麗様のご予定は……、」
自分用の手帳を開いて確認すれば、今日の彼女の予定は夜に会食が一件のみ。
鯊家のお嬢様は恐らくほかの皆様に任せても何とかなるだろうし、今日は雨麗様をいつも通りの時間には起こさずに……と、頭の中でやるべき事を整理する。
身支度を整え5時には部屋を出ると、ちらほらと使用人が部屋から顔を出す。
すれ違う全ての方におはようございますと日々変わらない挨拶を済ませながら庭に向かうと。
「……、おはようございます旦那様」
めずらしい先客がいた。
自然と背筋が伸びる。こんな日に限って早朝から旦那様と遭遇するだなんて、誰かがはかっているような気がしてならない。
「ああ、小豆か。
……昨日、雨麗があいつに会いに行ったらしい」
「ええ、奥様のことなら存じ上げております。
私は昨日有給を頂いておりましたので同行してませんが……何か問題でも、」
「……ここ最近の雨麗は情緒不安定だな」
背の高い、向日葵が咲く庭。
季節ごとに花と色を変える優美な日本庭園。
不釣り合いな、旦那様の言葉。
旦那様が娘と顔を合わせる時間は極端に少ない。けれど彼が、父親としての役目を果たさなかったことなど、たったの、一度も。