鵠ノ夜[中]
"有能"……その言葉すら。
彼は雨麗様本人に、伝えたりしないというのに。認めているのだとこうやって俺の目の前で口にするから。だから俺は、逆らえない。
「お前がいなくとも、あいつは一通りのことをこなせる。
代わりに専属で運転手だけは付けてやる。そうすればあいつは不自由なく過ごせるだろう」
「そう……です、ね」
私情は挟むなと、彼ははっきり示しているだけだ。
もしここに余計な感情が存在しなければ、俺は何の躊躇いもなくそれに頷くんだろう。──あくまで、存在"しなければ"。
彼女に専属の運転手を付け、俺の仕事をまるっきり変われる人物がいるのなら。
俺はこの人に呆気なく、「用済み」だと言われていたのだろう。偶然にも彼女が担う事務仕事を、俺だけが彼女と共有できる。
「わかりました」
まだそばに置いていただけるだけでも、有難いと思うしかないのだ。
逆に考えればまだ、主人である彼女に二度も手を出した俺を、使用人として置いてくれる。
「雨麗にはこちらから伝えておく。
仕事上一切関わるなとは言わないが、できる限り私生活でも関わるのは避けろ」
「はい」
「……小豆」
「……何でしょうか」
「蒔いた種から、もう既に発芽してる。
あとは花が咲いて、無事に実がなるか、だ」
リミットまでそう無い。覚えておけ。
それだけ告げた彼はゆったりとした足取りで、本邸の中へともどっていった。
……お願いですから、旦那様。
伝える気があるのなら、もう少し分かりやすくしてくださいよ、と。見えなくなった背中を思い出して、小さくため息をついた。
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