鵠ノ夜[中]
第六章 醒めない夢の箱庭

◇ この感情を、染めし色








視線を感じる。……おそらく雪深と胡粋の。

ジリジリと焼けそうな焦燥感の中で、「違う」と口をついて出た言葉は、どこか震えていたような気がした。



菓ちゃんに、小豆のことが好きなのかと問われた瞬間。

わたしは動揺した。……その問い掛けに動揺したことに、動揺した。



ほっと肩をなでおろすふたりを視界の端におさめ、気づかれないように深呼吸。

小豆のことを好きなわけじゃない。が、お母様に話を聞いていたせいで、少し驚いてしまっただけだ。



「あ、そうなんですか」とあっさり納得してくれた彼女は、話してみればみるほど、可愛らしくて天真爛漫という言葉の似合う女の子だった。

元から3日間の予定だとは聞いていたし、明日は本人のご所望で憧れの地東京を胡粋に案内してもらうらしい。



胡粋は凄く嫌がっていたけど、胡粋を邪魔者扱いする雪深は「行ってこい」と終始笑顔だった。

でも雪深は明日予定があるから、どっちみちわたしと一緒にいられないと思う。……とは、知ってたけど言わなかった。



「……ん、」



そして。

わたしは消化不良の気持ちを何とかしようと小豆の部屋に押しかけた。押しかけて。押しかけ、て。押しかけ、て?




「……何やってるんだろう、わたし」



──ひとり。

取り残されたベッドの上で。目を覚ましたと同時に、そう言葉に出ていた。一体どこへ行ったのか小豆の姿はなく、ご丁寧にも服だけは用意されている。



ひとまず、と身体を起こそうとしたら腰に鈍い痛み。

昨夜の余韻が全然よろしくない形で来ているらしい。これはまずいと顔をしかめて無理やり身体を起こし、服に袖を通す。



そもそも今何時……?とまだ眠い瞳で彼の部屋にある時計を確認して。

見間違いかと思わず二度見した。……11時?



「っ、寝坊……!」



いや別に今日予定とかないけど……!

予定がないからこそ、疲れたわたしのために彼が起こさずにいてくれたのかもしれないけど……!



さすがに寝すぎたと慌ててスマホを手に部屋を出ると、どこに行くか悩んでから、とりあえず自室にもどった。

けれどそこは無人で、小豆どこ行ったんだろうと本邸の中をうろうろ。先に顔を洗ってしまおうと洗面所に向かって、それから再びうろうろ。



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