鵠ノ夜[中]
「……わかりました」
どうせ嫌だと言っても聞いてはくれない。
それなら、とあっさり受け入れて、お父様の部屋を出た。……わたしだって、小豆がいなきゃ何も出来ないわけじゃない。
出来ないわけじゃ……ない、けど。
「寝過ぎて頭働かない……」
言いようのない感情で擦り切れそうになって困る。
無理やり頭を切り替えようとしたが、うまく切り替わってくれなくて。彼と過ごした時間は長すぎたのだと、今更のことに舌打ちする。
「どうして主人が使用人のことで悩まなきゃいけないのよ……」
はあああ、と項垂れながら、髪をぐしゃりと握った。
明らかに悩んでいるわたしにふっと笑った彼は、「好きなんでしょ?」と当然のようにわたしへ顔を向ける。……綺麗なその顔が憎たらしい。
透けるような淡いアッシュの髪と、奥行きのあるブルーの瞳。
本当、どこかの王宮に住んでそうなイメージそのままよ、と。気乗りしないまま、決して本名ではない彼の名前を、静かに「ゼロ」と呼ぶ。
「好きなのは当たり前よ。
彼と、何年一緒にいると思ってるの」
小豆が専属を離れてから、夏休みが終わるまではあっという間だった。
菓ちゃんはあの後「今度こそ本気でこーちゃんと付き合えるように地元で修行してきます!」と帰っていったが、何の修行なのかはあえて聞かなかった。
五家からも、「小豆さんいなくて大丈夫なの?」って不安な顔をされたけど。
べつに生活できていないわけじゃない。ふとした時に小豆に何かを頼もうと思ったらそばにいなくて、いないんだったと思い出すだけのこと。
「いや、そうじゃなくて。
……僕さっきから、きみに惚気を聞かされているのかと思ってたんだけど」
「……惚気?」
夏休みに、約束していた彼との時間。
予定より遅くなってしまい夏休みが終わってから会うことになったのだが、レストランで食事してから柊季とも来たバーに顔を出した。……あきらかに高校生同士で訪れるルートでは、ないわよね。