鵠ノ夜[中]
好きじゃない、はずなのに。
理由が見つからなくて、言葉を探す。どうして、と纏まらない感情は、とても単純なゼロの言葉で掻き消された。
「好きだよね?」
「、」
わからない。
わからないけど……そうなのかもしれない、と思った瞬間に、なぜか一気に恥ずかしくなって顔を隠した。なにこれ、顔熱い。
「あれ。否定しないんだ?」
「う、るさい……整理できてないの」
我ながら、見苦しいほどにぼろぼろの言い訳。
個室の中、まわりは愛を囁きあっているというのに、なんだこの色気のない空間は。ローテーブルに肘をついて手の甲に額をつけたら、彼がグラスを少し遠ざけてくれた。
「好きとか言われても……わかんない」
「もともと彼氏いたんじゃなかったの」
「いたけど……
それとこれとはまた別物なんだもの、」
例えば。例えば、わたしが小豆を好きだとして。
どうして好きなの?って聞かれても答えられないし、どこが好きなの?と聞かれても答えられないのだ。でも好きなの?と聞かれたら、頷けるかもしれないけど。
「別、ね。
……なら、もういっそ切り離して考えればいいんじゃないの」
「切り離す?」
「彼が例えば五家の人間の一人だったとか、御陵と手を組める相手の息子で婚約者だったとか。
主人と使用人って立場じゃなかったら好きになれたのか、付き合えたのか、そういうところから考えてみなよ」