鵠ノ夜[中]
とにかく、何とか隠れてやり過ごそう、と。
路地を抜けて駆け出した瞬間、聞き慣れた声に呼び止められて反射的に振り返る。数メートル先で、わたしの出てきた路地から、なぜか。
「小豆……?」
彼が出てきたかと思うと、わたしの方へと歩み寄ってきた。
たかが数日、顔を合わせていなかっただけなのに。……なんだか凄く、ひさしぶりに彼の姿を見たような気がする。
「なんで、ここに、」
「雨麗様のスマホのGPSは常に御陵で確認できるようになってますから。
出先で確認したらバーにおられたので、迎えに行こうと思ってたんですよ。近くまで行った時に雨麗様らしき方が店から出てこられたので、再度確認しているうちに距離ができてしまって」
どうやらわたしを追っていたら途中で路地に入ったから、真っ暗な中で声をかけても困るかと路地を出るまで声をかけなかったらしい。
おかげさまで逆に恐怖心を煽られたのだが、つけられていたわけじゃないと分かってほっとした。
肩の力を抜いて再度彼を見上げれば、小豆は「事務所ですか?」と首を傾げる。
こくんと頷いたら、「行きましょうか」とわたしを促した。
「お父様がいたら、一緒にいるの怒られるんじゃない?」
「この時間に一人で出歩かれてる雨麗様が悪いですよね」
「事務所に寄ったら迎えを呼ぶか、
誰かの車に乗せてもらって帰るつもりだったのよ」
「でも繁華街もすぐそこですし。
何かあっては困りますから、こんな時間にひとりで出歩かないでください」
過保護だ。
過保護なのに……小豆にそんな風に気にかけてもらえるのがうれしい、なんて、本当にどうかしてる。ゼロが、余計なことを言うから。
「楽しかったですか?八王子様とのお食事は」
「全然。ゼロの相手すると疲れるんだもの」