鵠ノ夜[中]
わざとらしく、文句を吐き出す。
小豆と無駄話してた方がまだ有意義よ、なんて。言ってみれば彼は「そうですか」と小さく笑った。
……そんな優しい顔、しないでほしい。
どれだけ自分で生活できたって、この寂しさは埋まらない。そんな顔を見せられたら、なんだか甘えたくなってしまうから。
「………」
結局何も言えずに、たどり着いた事務所のビル。
セキュリティシステムで指紋を認証してから番号を打ち込み、次に網膜の認証をしてから再度別の番号を打ち込む。
4重になっている厳重なロックを解除してからビルの中に入ると、廊下を通り抜け部屋に顔を出す。
事務所に来るのはひさしぶりだ。
「あれ、お嬢。珍しいっすね」
声をかけられて「情報持ってきたのよ」と、バッグの中からさっき受け取ったばかりの書類の束を取り出した。
モルテの効果からこのリストに至るまでの経緯を簡単に説明して、書類を手渡すと奥の部屋に向かう。
「雨麗か。……こんな時間にどうした」
「モルテに繋がりそうな情報を手に入れたので持ってきました。
小豆はこの近くにいたようなので、このあと本邸まで送ってもらいます」
「そうか」
どこで顔を合わせても、変わらない。
一応ここに来たことと、用事の報告は済んだ。では、と扉を閉めてさっさと引き返そうとしたら、お父様がわたしではなく小豆を呼び止めた。
「お前に話がある。雨麗も聞いておけばいい」
「……私に、ですか?」
わたしと小豆、ふたりともなんて。
専属のことだろうかと深く考えずに扉の前から部屋へ足を踏み入れ、ソファに促される。応接セットのそれに腰掛けると、お父様は視線を持ち上げた。