鵠ノ夜[中]
「雨麗様? どうかされました?」
「小豆、」
「はい。……何でしょう?」
彼を見上げれば、小豆は優しい瞳を向けてくれる。
呆れたり危険なことをしては毎回怒られるけれど、冷たい目を向けられたことなんて一度もなかった。──16年間、たったの一度も。
「わたし、あなたのこと……、」
……すき、と。
口を突いて出そうになった言葉を、直前で呑み込む。脳裏に浮かんだ5人の姿。──わたしにはやるべき事があって、いまは、まだ。
「すごく、勘違いしてたみたい」
──言えない。
そんなはずはないと知っているけれど見透かしてしまいそうな瞳の前で、嘘をつくのが怖いと思うほどに。意識すると、呼吸が落ち着かなくなるほどに。
「勘違い、ですか?」
もう、とっくに……好きみたいだ。
「ええ……あなたお父様のこと苦手なんだと思ってたの。
なのに、あんなにはっきり目の前で言うなんて思わなかった」
「ああ……
決して苦手、という訳ではないんですが、」
「あらそうなの?」
「幼い頃から私の気持ちをご存知なだけに……
少々、気まずいものはあります」