鵠ノ夜[中]
苦笑した小豆の姿さえ、愛おしく感じてしまう。
だめだとは思っていても、自覚した恋情ほど厄介なものってない。そう、と素っ気なくつぶやいてみたら沈黙が訪れて、気まずさを散らすように意味もなく彼を呼んだ。
「……わたしが結婚する時には、あなたとっくに30超えてると思うわよ」
「別にいいんですよ。
さっきも言った通り、たとえ生涯独身でも構いませんから」
繁華街の喧騒は少し遠い。
今は人もいないし、わたしたちふたりだけ。だからあとは、私が望むだけで。──背伸びして、吐息を奪った。
「……お誕生日おめでとう、櫁」
至近距離で囁き、首裏に腕を回す。
そのまま二度目のキスを交わせば、彼は「ありがとうございます」のあと、くすくす笑った。
「すっかり忘れられているのかと思いました」
……そんなわけないのに。
そう思われても仕方ないか。毎年日が変わってすぐに祝っていたものだから、わたしも彼がすぐそばにいない今年は悩んだ。だけど。
「焦らされた分だけ、ご褒美って嬉しいじゃない」
「ああ、そうですね。
ということは頂けるんですか?ご褒美」
尋ねられて、口角を上げる。
それからポケットに入れておいたそれを指で挟むと、彼の目の前でちらつかせた。ホテルのカードキーをしっかり瞳におさめた彼は、ふっと笑う。
「本当にご褒美ですね、雨麗様」
「……今日、だけよ」
消え入りそうなほど小さくつぶやいて、その腕に身を委ねる。
……あの子たちには、謝らなければいけない。