鵠ノ夜[中]



苦笑した小豆の姿さえ、愛おしく感じてしまう。

だめだとは思っていても、自覚した恋情ほど厄介なものってない。そう、と素っ気なくつぶやいてみたら沈黙が訪れて、気まずさを散らすように意味もなく彼を呼んだ。



「……わたしが結婚する時には、あなたとっくに30超えてると思うわよ」



「別にいいんですよ。

さっきも言った通り、たとえ生涯独身でも構いませんから」



繁華街の喧騒は少し遠い。

今は人もいないし、わたしたちふたりだけ。だからあとは、私が望むだけで。──背伸びして、吐息を奪った。



「……お誕生日おめでとう、櫁」



至近距離で囁き、首裏に腕を回す。

そのまま二度目のキスを交わせば、彼は「ありがとうございます」のあと、くすくす笑った。



「すっかり忘れられているのかと思いました」




……そんなわけないのに。

そう思われても仕方ないか。毎年日が変わってすぐに祝っていたものだから、わたしも彼がすぐそばにいない今年は悩んだ。だけど。



「焦らされた分だけ、ご褒美って嬉しいじゃない」



「ああ、そうですね。

ということは頂けるんですか?ご褒美」



尋ねられて、口角を上げる。

それからポケットに入れておいたそれを指で挟むと、彼の目の前でちらつかせた。ホテルのカードキーをしっかり瞳におさめた彼は、ふっと笑う。



「本当にご褒美ですね、雨麗様」



「……今日、だけよ」



消え入りそうなほど小さくつぶやいて、その腕に身を委ねる。

……あの子たちには、謝らなければいけない。



< 89 / 128 >

この作品をシェア

pagetop