鵠ノ夜[中]
「……ちゃんと、名前で呼んでください」
「あなただって、わたしのこと『雨麗様』としか呼んでくれないくせに……」
もっと、と先立った感情だけがどうしようもなく勝つ。
シーツを波打たせ皺を寄せながら、目の前の男だけを求める。そうしてどれくらい経ったのか、小豆がふと「いいですか?」と聞いてきた。
刺激は十分すぎるくせに指に物足りなさを感じるほど染められていたわたしは、迷うことなく頷いて。
小豆を見つめ、その背中に腕を回そうとしたそのとき。マナーモードにしていなかったスマホが着信音を鳴らし、邪魔をする。
「もう、」
ぴたりとお互いに動きを止め、鳴りやみそうにないそれに渋々手を伸ばす。
せっかくいいところだったのに、と心の中で悪態をつき、相手によっては電源を切ろうと決めたのだけれど。
液晶に表示された予想外の名前を見て、スマホを耳に当てた。
……これだからお嬢っていうのは、面倒だ。
『アバンチュールのお楽しみ中にごめんね?』
「……、」
『ああほら、そんなに怒らないで。
きみがバーにいるって情報を聞きつけて、周囲の防犯カメラをちょちょちょいって弄っただけだから』
「要するにハッキングしてわたしのことを追ったんでしょう。
まさかとは思うけど部屋にまでカメラあったりしないわよね?」
『はは、やだな。
俺は20越えたボンキュッボンなお姉さんにしか興味無いんだよね。きみが彼とどんな楽しみ方しようが俺はどうでもいいの』
「はいはいそれはどうも。
……それで? この間の、なにか分かったの」
小豆に髪を撫でられながら、電話の向こうに問いかける。
正直彼もこのタイミングでかかってきた電話に良い思いはしてないだろうけど、仕事であることを理解してくれているのは本当に助かる。