鵠ノ夜[中]

◆ 愛憎こそ、ままならずに








9月に入ると、雨麗は今まで以上に忙しなくなった。

雨麗が、というよりは、御陵全体が。どうやら年末年始にかけて忙しくなるのは恒例だそうだが、今年は別の件が絡んでるとかで、周りは慌ただしい。



雨麗が朝食の時間すら惜しむせいで、今は学校の送迎の車の中でしか、まともに顔を合わせていない。

会話をする時間もないが、ここ最近ピリピリしていた雪深にとっては少し落ち着く良い機会になったようだ。



そういえば、小豆さんと雨麗が話しているところも見かけない……というより、小豆さんを見ない。

女性の使用人の噂話には聞くが、ここ数週間ぱったりと見なくなった。



なんというか、あれだな。

ずっと雨麗のそばにいるのを見てきた分、小豆さんを長い間見ないとなると違和感があるな。



「さっき用事で本邸行ったら、あいつ山ほどファイル抱えて広間入ってったぞ。

それにしても忙しそーだな、御陵は」



「まあ、年末年始いそがしいもんねー。

ぼくの実家も、年末年始は忙しいよー」



「でもさすがにこんな時期から準備しねーだろ」




……まあな。

忙しくなるのは早くても11月の後半で、実質12月だ。これだけ下準備しておけば12月も忙しくならねえだろと思いきや、そういう事でもないらしい。



こう言われると、改めて御陵がデカイ組織だってことはわかる。

そういえば雨麗の父親も忙しいのか、こちらも姿を見なくなった。母親の方には雨麗が時間を縫って、ときおり遊びに行ってるらしいが。



「……ああ、そうだ」



「なぁにー、こいちゃん」



「クリスマス、どうすんの?

レイに聞いたら御陵は毎年それどころじゃないし、そもそもクリスチャンでもないから祝うなら別邸でやってって言われたんだけど」



「え?クリスマスなのに男だけですんの?」



多忙の重なる御陵にとって、クリスマスは大して重要じゃない、というのはまあわかる。

しかしながら、いまどき寺社の息子でもクリスマスに便乗する時代だってのに、祝わねえのも珍しいな。



< 95 / 128 >

この作品をシェア

pagetop