鵠ノ夜[中]
兄のことを抱えてきた芙夏の気持ちが嫌というほど込められている気がして、ぐっと胸に何かがのしかかる。
芙夏は兄のために、って、ずっとそう考えてここに来たと言っていたけど。俺らにとって芙夏は芙夏で、それ以上でも以下でもない。──無論、未満ですらない。
リビングに一瞬の静寂が訪れ、誰かがそれを壊そうと口を開いたタイミング。
ピンポーン、と。わずかに間の抜けた音が鳴り、ぴょんっとソファから起き上がった芙夏が、モニターをのぞき込む。
「はーい」
『わたし』
聞き慣れた声。いつもなら勝手に入ってくんのに、なぜかインターフォンを鳴らした雨麗。
芙夏がそのままリビングを出ていって、次に顔を覗かせた雨麗は両手にファイルの山を抱えていた。……開けられなかったのか。
「どうしたの、これ」
テーブルにばさっと無造作な積み方で置いた雨麗は、それを仕分けしていく。
3つに分類したうちのひとつの山だけをテーブルに残して、後は床に置いた。
「……御陵が最近忙しいのは知ってるわよね」
「あ、うん。年末年始に向けて、と、」
「ずっと追ってる件があるからよ。
……それを踏まえて、あなた達にお願いがあるの」
そう前置きした雨麗は、ここ最近御陵が御陵の敷地内で確実に広められているドラッグについて追っていたことを俺らに告げる。
芙夏は聞かなくてもいいと言われていたが、最後まで、目も耳もそらさなかった。──ほんの、一瞬たりとも。
「……その『モルテ』を運んでる女の子たち、うちの学校にも数人いるみたいなのよ。
だからその子たちから、話を聞いて欲しくて」
「……雨麗が聞いた方が上手く聞き出せるんじゃないのか?」
「初対面の相手なら、そうするわ。
……けれど、あなた達のことでわたしに嫉妬の目を向ける女の子たちが、素直にわたしの質問に答えてくれると思う?」