片翼を君にあげる②
「貴方がツバサ君に言いたかった事、解らせたかった事は分かりますわ。
でも、もう少しやり方と言うものが……」
「謝るつもりはない」
「っ、瞬空ッ……!」
返しの言葉にカッとなって見上げると、胸を強く押して身体を離そうとした両手の手首をグッと掴まれ、いとも簡単に彼は私を建物の壁に押さえ付けた。
「っ……!放しなさッ……」
「ーー今日はそんな話をしに来たのではないッ!」
珍しく声を上げられて、いつになく真剣な眼差しで見下ろされて、思わずビクッとする。
怖い?
……いや、違う。
何となくこの雰囲気から逃げ出したい気持ちになった私が目を逸らすと、瞬空が耳元で震えた声を囁く。
「私の妾になれっ……」
「っーー……」
胸がズキンッと傷んだ。
妻になれ。嫁になれ。
そんな綺麗な言葉ではなく「妾になれ」と、素直に現実を告げるその優しさが痛い。
祖国で身分の高い瞬空には、生まれながらに許嫁がいて、その女性が本妻。私が7歳の時に助けてくれたあの時には、兄ミライより歳上の彼はすでに結婚していた。
誰が悪い訳でもない。
でも、後から知り合った私がどうこう言う事も、どうする事も出来ない。
どれだけ胸を痛めても、それは変わらない現実。
「……嫌です」
「ノゾミッ……!」
「顔や身体に傷を負わせた事を気にしているのなら、どうか心配しないで下さいませ。別にこれくらい……」
「そう言う事で言っている訳ではないッ!!ノゾミ、私はそなたの事がーー……」
「ッーー……やめてッ!!」
それ以上の言葉を聞きたくなくて、私は咄嗟に自分の手で瞬空の口を塞いだ。
その際、勢い付いてガリッと刺さった彼の犬歯で傷付いて左手から血が流れるが、痛くなんてない。彼の口から愛の言葉を聴く事に比べたら、全然痛くないのだ。
「私達の関係にその言葉は必要ないと言った筈です。
約束を守れないのなら、これ以上踏み込んで来るなら……。もう終わりにします」
ゆっくりと彼の口から手を引き、背中を向ける。
「家にももう来ないで下さいませ。さようなら」
そのまま瞬空の顔を見る事はなく、私は歩き去った。