片翼を君にあげる②
《私と契約を結べば、楽になれるぞ》
「……」
《能力を自由自在に使える姿こそが、本来の、ありのままの君なんだ》
「……」
《私と契約を結び、全てを受け入れたら、きっとーー……》
ーーパチンッ!
「!……え、っ?」
何かが、弾けるような、音がした。
決して大きな力ではない。まるで静電気が走ったみたいな、小さな力。
でも、その小さな力は、俺に触れようとした天使の手を弾いて、傷付けていた。
一体、何がーー?
"何か"が、俺を天使から退けようとした。
ハッとして自分の胸元を見ると、服の下で何かが光っている。そこにあったのは、レノアが誕生日プレゼントにくれた、星空のペンダント。
『ツバサが生まれて来てくれて、私はとっても幸せです!』
レノアの声が、聞こえた気がした。
『私、信じてるよ。
来年の今頃、ツバサと「こんな事あったね」って、今を笑って話せるって……信じてる』
信じてるーー。
俺にとって世界中の誰よりも美しいその声が、目を醒ましてくれた。すると、この空間とは違う鮮やかな色で、これまでの記憶が思い浮かぶ。
俺には、生まれてきた事を喜んでくれた愛おしい女性と母さんがいる。可愛がってくれた父さん、優しい姉貴と兄貴、大事な家族と親戚がいる。
友達や、支えてくれる夢の配達人の仲間、大切な人がたくさん居て、過ごして来た日々がある。
能力に悩まされて、人を嫌いになりかけたり。
普通じゃない自分が苦しかったり、辛かったりもした。
レノアの為ならば、例え化け物の能力でも良いと思った。
ーーけど。
今まで自分が生きてきた刻は、全部大切で……。
俺は……。そう、幸せ、だったんだ。
それなのに今ここで天使の能力に縋ったら、俺は人として生きて来た自分を捨てる事になる気がする。だから……。
「ーー契約は、しない」
心の中に光が灯って、その暖かさが全身に広がっていく。
俺は顔を上げて、天使を真っ直ぐに見て言った。