片翼を君にあげる②
***

最終確認の為に訪れたのは、もちろん『月姫の祈り』が演じられる舞台上。
小道具やセット、全てが整った状態を見た上で怪盗が何処から見ていて何処からコハルさんを連れ去ろうとしているのか推測する。

予告状に書かれていたメッセージ。

【舞台に咲く美しき華
  1番輝くその瞬間に摘みに参る】

"1番輝くその瞬間"。
それはおそらく、舞台の最終日である千秋楽(せんしゅうらく)の事であろう。
観客の目の前で役者が演じる、本番一発勝負である舞台には例え失敗やトラブルが起きてもやり直しがきかない。その失敗も含めてその日1日の公演であり、またそのトラブルをどう乗り越えるかも役者次第。同じ役者が毎日演じても、その日その時の気分で多少なりの変化が起こるのが舞台。それを醍醐味と捉えて連日同じ舞台を観る人もいるくらいだ。

つまり一期一会。その中で千秋楽はまた一味違う。
勿論どの舞台も本番で毎回ベストを尽くしているが、やはり千秋楽は役者も関係者も気持ちが普段より高まり、また千秋楽ならではの特別な演出やサービスがあったりする事もある。

故に怪盗の狙い日が千秋楽である事は、ほぼほぼ間違いではないだろう。
勿論、万が一に備えて明日から最終日前日も警戒と警備を怠ったりはせず、俺はナツキさん達と共に常に舞台袖で待機する。そして、少しでも危険を察知したら、コハルさんに変装した俺が入れ替わる事になっていた。
そして1番危険である千秋楽を演じるのは、ほぼ俺。舞台がクライマックスに近付くにつれ怪盗が現れるリスクが高くなる事が予測されるから、中盤から最後は俺がコハルさんに代わって演じる。
コハルさんも当初の話し合いでそれを決めた時に承諾してくれていたし、ここまで俺も問題なく代役を務められるように練習を積んできた。

でも、俺には一つだけ気掛かりがある。


「コハルさん、お疲れ様です」

「!……ツバサさん」

最終チェックに訪れると、ステージの上に立って、まるで明日から始まる舞台の成功を祈るかのように目を閉じているコハルさんの姿があった。
俺が声を掛けると気付いた彼女はいつものように微笑ってくれる。
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