片翼を君にあげる②

「あらあら、困りますわね〜」

場を和ませてくれるような、おっとりとした落ち着いた声。最高責任者(マスター)の補佐を務める、ノゾミちゃん。

「夢の配達人が、人に嫌がる事を……。ましてや仲間である隠れ家の人を襲うなんて、何と許し難い事でしょう」

「ノ、ノゾミ……さ、っ……」

頬に手を当てながら「ふぅっ」と困ったように溜め息を吐く彼女の姿を見て、患者は更に青ざめ後退りする。

ノゾミちゃんは最高責任者(マスター)の右腕と呼ばれている。それは彼女が最高責任者(マスター)の娘だからと言うだけではなく、誰もが認める優秀さ故……。

「貴方のような下衆(ゲス)最高責任者(マスター)に報告するまでもない。
……私独自の判断で処分して差し上げましょうかしら」

「!!ッ〜〜〜……?!!」

可愛らしい声が低くなった直後の一瞬の出来事。シュッと、患者の目の前に突き立てられる医療用のメス。腰を抜かして地面に尻餅を着こうとした患者の胸ぐらを掴むと、ノゾミちゃんは最終忠告を囁く。

「今すぐ出て行きなさい。今、すぐに」

「ッは、っ……はぁぃい〜〜〜……ッ!!!!!」

腰が抜けていた患者は地面を這うように扉まで行くと、そのまま慌てたおぼつかない足取りで部屋を出て行った。


一気に静まり返る部屋。
ノゾミちゃんの方を見ながらミライさんがパンパンッと拍手する。

「お〜怖い怖い。我が妹ながら、天晴(あっぱ)れだね」

最高責任者(マスター)は優し過ぎる面がありますから。次回からは採用面接をもう少し厳しくしてーー……。あ!ヒナタさん、大丈夫ですかっ?」

緩んだ空気に腰が抜ける。
ヘナヘナと床に尻餅を着くと、慌てて駆け寄って来たノゾミちゃんが支えてくれた。その際に触れた腕に痛みが走る。思わず「っ!」と、顔を歪めると彼女は優しく椅子に座らせてくれた。

「……お前が居るなら安心だね。ノゾミ、後は任せるよ」

「はいはい。いってらっしゃいませ〜」

その様子を見たミライさんは、ノゾミちゃんに声を掛けるとゆっくりと出口の方へ足を進め始める。少しずつ遠ざかっていく背中。
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