片翼を君にあげる②
「辛くて大変な事もたくさんあった筈なのにっ……いつも、優しくて……護って、くれて……ッ。
役者になりたいと言う私の夢を、まるで自分の夢でもあるかのように……全力で、背中を押してくれたんですっ」
コハルさんの心からの言葉に、この会場に居るみんなの空気が一体化して行った。
役者も、裏方も、観客も……。みんな涙を流しているのに、何処か暖かい、何かを感じていた。
「私の幸せは、兄が居てくれたからこそですっ。だから今日は……っ、ごめんなさい。
今日のこの場を、兄へのお礼の場に使わせて頂いていいでしょうか?」
コハルさんのその言葉に、反対する人なんてこの場には一人もいない。
むしろ逆で、観客席からは大きな拍手。舞台上の役者達や裏方のみんなは、ナツキさんを見つめた。
でも、ナツキさんは驚いた表情をしたまま舞台袖から動こうとしない。
そこで、すかさずボクがナツキさんの背中を押すと、周りにいた裏方のみんなも一緒に……。ナツキさんをコハルさんのすぐ傍へと連れて行った。
それに気付いたコハルさんはナツキさんの方を向いて、見上げながら口を開く。
「……お兄ちゃん。私っ……」
「ーーお礼を言うのは、俺の方だ」
「!……え?」
まさかの言葉に驚くコハルさん。
コハルさんの言葉を遮ったナツキさんは、ものすごく優しい表情で微笑んだ。
そして、彼女の涙をそっと拭うように頬に手を触れると言葉を続ける。
「お前が居たから、俺は頑張れた。
お前が生きていてくれたから、俺も生きてこられた。
あの事故で生き残っていたのが俺だけだったら、絶対に俺は笑顔になる事も、幸せだと感じる事も二度となかったんだ」
「っ……お兄、ちゃんッ」
熱くなかった心がそのまま溶け出すように、涙が頬をつたる。
ボクは、こんなにも優しくて暖かい涙がある事を、生まれて初めて知った。
悲しくて、辛くて流す涙とは、全然違った。
「ありがとう。
一緒に生きてくれて、本当にありがとう。
これからも一緒に、俺達に命をくれた父さんと母さんに感謝して……生きていこう」
「っ、……っ〜〜……う、んッ!」
大きく頷いたコハルさんがナツキさんの腕の中に飛び込んで……。二人が抱き合う姿に、会場中が今日1番の感動に包まれて、幸せの涙を流した。