僕が愛した歌姫
☆☆☆

月明かりだけを頼りに、フェンス越しに愛を語るカップルなんて世の中にどれだけいるだろう?


閉鎖病棟へ続く渡り廊下という異質な場所で、これほどロマンチックに夜を過ごす男女なんて、きっと俺たちくらいなものだろう。


俺たちはフェンスの間から手を握り合い、灰色の壁に背を持たれかけ、コンクリートの上に座り込んで話をしていた。


「閉鎖病棟には他にどんな患者がいるの?」


「患者は私ともう1人の女の子だけなの。クウナちゃんって名前の子で、明るくて元気がいいの」


「2人しか患者はいないの?」


「そう。あとは白衣を着たお医者さんみたいな人ばかり」


「それじゃぁクウナちゃんもリナちゃんも、つまんないだろ」


「うん……。でも、今はナオキ君とこうやって会えるから……」


そう言って、ピンク色に頬を染める。


普通だったら、こんなタイミングで肩を抱き寄せたり抱きしめたりするんだろうな。
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