僕が愛した歌姫
☆☆☆

酒が入り、ふんわりと宙に浮いたような感覚になると気分もよくなってくる。


俺の退院祝いの酒だというのにヒロシの方が断然飲んでいるのが気がかりで、負けじと飲み進めていく。


「あぁ~もう最終ねぇわ」


部屋の隅っこにかけてある時計を見てヒロシがアピールするように声を上げる。


「泊まってけば?」


「マジ? さんきゅーナオキ」


最初から泊まる予定だったのは見え見えだ。


こうして2人で飲んでいると、現実なのか非現実なのか、感覚が鈍って危うくなる。


どう考えてみてもこうして2人でいる方が現実的で、俺が今まで入院していた時の出来事が夢のように思えてくる。


フェンスの向こうの彼女も、彼女の兄貴も。


もう、なにもかもが……。


「どうでもいいかぁ……」


しがないサラリーマンの現実としては、現実味を帯びていなさすぎた――。
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