聖夜に身ごもったら、冷徹御曹司が溺甘な旦那様になりました
「芦原!」

 駐車場でひときわ目を引くシルバーの高級外車の運転席が開き、なかから出てきた人物が玲奈を呼ぶ。玲奈は足を速めて彼に駆け寄り、ぺこりと頭をさげた。

「すみません、副社長。待っていてくださったんですね」

 和泉十弥、三十二歳。玲奈が秘書をつとめている和泉商事の副社長だ。百八十五センチの長身でアスリートさながらに引き締まった身体には高級ブランドのスーツがしっくりと似合っている。 オールバックにまとめた清潔感ある短髪に大人の男の色気が漂う端整な顔立ち。このルックスで国内一、二を争う財閥系企業グループの御曹司だというのだから、世の中は不公平だ。

 彼はややおおげさに眉根を寄せて言った。

「ひどい顔色だな。自宅まで送るよ」

 玲奈の顔面が蒼白なのは、思いもよらない妊娠発覚のためで体調不良のせいではない。だが、玲奈は素直に彼の好意に甘えることにした。今の玲奈には自宅まで歩く気力すら残っていなかった。

 玲奈を乗せたセダンは音もなく走り出す。自宅近くの病院に送ってもらったので、すぐに玲奈の住むワンルームマンションに到着した。彼は車を停車させると、気遣うように玲奈の顔をのぞきこむ。

「大丈夫か。やはりどこか悪かったのか」

 玲奈が産婦人科を受診したのは、婦人科系の病気を疑ったからだった。生理が大幅に遅れていて、このところ体調も優れなかった。普通の女性ならまっさきに妊娠を疑うのだろうが、玲奈には思い当たることがない。だから、婦人科系の病気なのでは……と思ったのだ。

「えっと、病気ではないみたいです。さっきのはただの貧血だったみたいで、今はもう大丈夫ですから」

 どうしてか、「あはは」とかわいた笑みがこぼれた。

「病気では?」

 玲奈の言葉の含みに気がついた彼が鋭く追及してくる。

「病気でないなら、なんだ?」

 彼は玲奈の上司で、別に恋人でも友人でもない。会社で貧血を起こした玲奈を好意で病院に送り届けてくれただけだ。彼に話す必要はないし、十弥だって秘書のプライベートなど興味もないだろう。頭ではそう思っているのに、玲奈はぽつりとこぼしてしまった。誰かに聞いてほしかったのかもしれない。こんな事態、自分ひとりではとても抱えきれない。
< 2 / 111 >

この作品をシェア

pagetop