聖夜に身ごもったら、冷徹御曹司が溺甘な旦那様になりました
 仕事が忙しくてかまってもらえなかったとか、そんなことではない。もっとはっきりと、玲奈は彼女に疎まれていた。
 玲奈の世話をしてくれていたのは祖父だった。祖父は優しい人だったが、玲奈が中学にあがる頃に亡くなった。それから十八歳で家を出るまで、玲奈は3LDKの広いマンションにいつもひとりきりだった。

「名前を呼んでもらったことも数えるほどしかないんです。おかしいでしょう」

 今にも泣き出しそうな笑みを浮かべて玲奈は十弥を見る。次の瞬間、玲奈の身体は彼のあたたかな胸のなかに包まれていた。彼の体温と鼓動音は不思議なほどに玲奈を安心させた。ふっと涙腺がゆるんで涙がこぼれ落ちる。はらはらと流れる玲奈の涙を十弥が優しくぬぐう。

「君の母親がどうだったかは知らないが、俺は君がこの世に生まれてきてくれたことをうれしく思う」
 親に
愛されていない子なんていない。そんな綺麗事を彼が口にしなかったことに玲奈は救われたような気持ちになった。

「名前は俺が呼ぶ。君と……お腹の子の名前を毎日、君がうんざりするまで」

 飾り気のない彼の言葉が玲奈の胸を打つ。思わずくすりと笑みがこぼれた。

「笑うなよ」
「だって、副社長らしくないから」

 巧みな話術と人心掌握術を持つ彼にしては、ずいぶんと朴訥な台詞だった。玲奈がそう言うと、彼は小さく肩をすくめる。

「君が相手だと、どうしてかうまくいかないんだ」

十弥は玲奈の頬を両手で優しく包みこんだ。

「玲奈」

 芦原ではなく初めて玲奈と名前で呼ばれて、玲奈の胸はきゅんと甘く鳴った。このトキメキを恋じゃないと言いはるのは無理があるだろう。

「ゆっくりでいいから、俺と歩む未来を考えてくれないか。君と子どもを絶対に幸せにすることを、俺はこれから行動で示すから」

 誠実な言葉とまっすぐな瞳に背中を押されて、惑いながらも玲奈は小さくうなずいた。

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