聖夜に身ごもったら、冷徹御曹司が溺甘な旦那様になりました
「おめでとう」なんて言ってもらえないことはわかっていた。わかっていたはずなのに……玲奈はきつく唇を噛んだ。

(帰ろう。報告するという目的は果たしたんだもの)

 無性に十弥に会いたかった。彼に抱きしめてもらって、「大丈夫だ」とあの優しい声で言ってほしい。

 玲奈はカタンと音を立てて椅子から立ちあがる。佐和の顔を見ないまま、彼女に背を向けた。

「ねぇ」

 玲奈の背中に声がかかる。まるで地の底から響いてくるような、呪いの言葉だ。

(聞いちゃダメ。引きずられちゃダメだ)

 そう強く思うのに、玲奈の足は動かない。無防備に、ただ傷つけられるのを待っていた。

「あんたに子育てなんて本気でできると思ってるの? 不倫して妻子を捨てるようなクズ男と……お腹を痛めて産んだ我が子すら愛せないゴミ女の血を受け継いでるのに」

 佐和はかわいた笑い声をあげる。彼女の狂気にのみこまれて、足元が崩れていくような感覚を玲奈は覚えた。

「私はね、そのお腹の子のためを思って言ってるのよ」

 もっともらしい顔つきで言う佐和に、玲奈はゆるゆると首を横に振った。肩が小刻みに震え、唇は色を失っている。

「違うでしょ。ただ私を傷つけたいだけ。わかってるから、くだらない言い訳しないでよ」

 佐和にお腹の子どものことを語られたくない。玲奈が、そして十弥がなによりも大切にしている宝物を土足で踏みにじられたような気分だ。

(気持ち悪い。やっぱり会いになんてくるべきじゃなかった)

 玲奈はおぼつかない足取りで逃げるように部屋を出る。

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