聖夜に身ごもったら、冷徹御曹司が溺甘な旦那様になりました
 とぼとぼとひとり歩いていると、冷たいしずくが玲奈の頬を濡らした。空を仰ぐと、小雨がパラパラと落ちてくるところだった。バッグのなかに折りたたみの傘を入れてあったが、取り出す気力もなく玲奈は歩き続けた。

 凍えるように冷たい佐和の眼差し、狂気のにじむ声。脳裏に焼きついたように離れない。あんな彼女を見るのは久しぶりだった。佐和と玲奈の関係は、ここ数年は決して良好とはいえないまでも、比較的穏やかだった。遠い親戚、そのくらいの距離感を保っていられたのに。

〝家族〟にまつわる話になると、佐和は途端に豹変する。昔からそうだった。

 会話をしなくても済むからなのか、あの家のリビングルームには常にテレビがついていた。だが、ホームドラマや食品コマーシャルなどで家族団らんの風景がうつし出されると佐和の顔が凍った。息がつまるような不穏な空気に玲奈はいつも怯えていた。

 子どもにとって、母親は世界のすべてなのだ。それ以上機嫌を損ねることがないようにと、玲奈はいつも身体を小さくして自分の存在を消していた。

(そんなに家族というものが……子どもが嫌いなら……)

「産まなきゃよかったのに」

 玲奈は低くつぶやき、自分の発した言葉にはっとする。背筋に冷たいものが走る。喉の奥にぐっと苦いものがこみあげた。
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