聖夜に身ごもったら、冷徹御曹司が溺甘な旦那様になりました
 玲奈は歩道の脇にかがみこみ、口元を押さえた。
 青白い顔に冷や汗がつたう。こみあげる吐き気をこらえきれず、玲奈はうめいた。

(同じことを、お腹の子に言われてしまったらどうしよう。私と同じ思いをさせることになったら――)

 雨足はどんどん強くなり、玲奈の身体をじっとりと濡らす。寒さで身体がカタカタと震える。
 妊婦は身体を冷やしてはいけない、そんなことは玲奈だってわかってる。だが、今はなにも考えられなかった。考えたくなかった。

 身体に降り注ぐ雨がぴたりとやんだ。玲奈が顔をあげると、人のよさそうな老婦人が玲奈の頭上に傘をさしていた。

「大丈夫? どこか具合でも悪いの?」
「いえ、大丈夫ですので」
「こんなに濡れて、風邪ひいちゃうわよ」

 彼女の優しい声が玲奈の心を抉る。見ず知らずの人ですらこうして親切にしてくれるのに、どうして……。長年、考えまいとしてきた疑念が玲奈の頭をもたげる。

(お母さんはどうして私を嫌うの? 私がなにかした? 愛してほしいと望むのは、いけないことだったの?)

 玲奈の身体がぐらりと大きく前に傾いた。シャッターが閉まるかのように、視界が狭まっていく。

「玲奈っ」

 それでも、自分を呼ぶ彼の声だけははっきりと耳に届いた。
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