聖夜に身ごもったら、冷徹御曹司が溺甘な旦那様になりました
「玲奈?」

 探るような目で十弥は玲奈を見る。彼の顔を直視できずに、玲奈は視線を床へと落とした。例の鉄道プロジェクトは和泉商事にとって正念場を迎えていて、十弥が明日の会議を欠席するなんてことはあってはならないことだ。玲奈は間違えたことを言っているわけではない。そのはずなのに、彼に対して後ろめたさのようなものを感じる。

「もしかして、お母さんとなにかあったのか?」

 気遣うような優しい口調で彼は言う。十弥の胸に飛びこんで泣いてしまいたかった。頼りになる力強い声で「大丈夫だ」と言ってもらえたら、玲奈の不安もすべて消える気がした。

 だけど――できなかった。玲奈ははりつけたような笑みを浮かべて彼を見た。

「ううん、なにもないよ。まだ少しだるいから、今夜はひとりで寝るね」

 彼はじっと玲奈を見つめていたが、やがてあきらめたように小さく息を吐いた。「わかった、ゆっくり休め」と短く告げて、十弥は踵を返した。

 彼の気配が遠ざかると、玲奈はベッドの上で膝を抱えた。
 彼に正直に打ち明けられなかった理由は玲奈自身にもよくわかっていなかった。

(親に愛されない自分が恥ずかしい? この期におよんでも母親になる覚悟ができていないことを悟られたくない?)

 その夜の眠りは浅く、玲奈は夜中に何度も何度も目を覚ました。悪い夢を見ていたような気がするのだが、目が覚めたときには内容は忘れていて嫌な後味だけが残っていた。
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