聖夜に身ごもったら、冷徹御曹司が溺甘な旦那様になりました
「きゃっ」

 バランスを崩した玲奈の身体は前のめりに倒れこむ。誰かの胸に思いきり顔をぶつけてしまった。

「し、失礼しました」

 弾かれたように顔をあげた玲奈の目の前にいたのは……式典で遠目にしか顔を見たことのなかった和泉十弥、その人だった。
 十弥は自身のスーツについてしまった玲奈のファンデーションを不快そうに払いながら、ばっさりと切り捨てた。

「俺もやる気のない人間に用はない。さっさと退職願を書くんだな」

 どうやら玲奈の捨て台詞を聞いていたようだ。呆然として言葉を失っている玲奈に代わり、丹羽が彼に駆け寄った。

「ふ、副社長! 出社は明日からとうかがっておりましたが……」
「予定より早い便で帰国できたから、新しい職場環境を確認しておこうと思ってね」
「さようでございますか」

 あからさまに十弥に媚びを売る丹羽を無視して、十弥は玲奈に視線を向けた。あざ笑うかのように鼻を鳴らす。

「退職願の書き方がわからないなら、教えてやろうか」

 ぎゅっと握りしめた両のこぶしが小刻みに震える。玲奈は精いっぱいの作り笑いを浮かべて彼を見返す。
「お心遣いありがとうございます。でも、自分で書けますのでご心配なく」

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