契約結婚は月に愛を囁く
「アイリス様、こんな太陽の登った朝方までいったいどちらに……」

 執事のアルトは一晩帰らなかった私を叱責する事はなく、ただ心配そうな顔で迎えてくれた。
 私は何の言い残しもしていなかったというのに。 本当に心配してくれていたのが窺える。

「ごめんなさいね。 キャンベル家に急ぎの用があったの。 昨日のうちに戻るつもりだったのに本当に悪い事をしたわ」

「ご無事で何よりでした」

 ジョルジュ様は、と聞くと執務室だと言う。

 ヘンダーソン伯爵の容態が落ち着いてはいても、起きて執務を始めるまでは当分時間が掛かるだろう。 だから、それまで彼は多忙を極める事になる。

 執務室のドアをノックしてみた。
 中から声は聞こえない。
 執務の最中に邪魔になるかもしれないが、顔が見たかった。

 そっとドアを開けて、そこにいたのはソファーに横たわって眠る姿。

 執務机にはたくさんの文書の数々。
 テーブルの上にはウイスキーの瓶とグラス。
 どうやら眠る為に飲んだのか、眠れなくて飲んだのか、瓶の中身はもう残り半分以下。 昨日はまだ開けたばかりだったはずなのに。
 疲れた顔色だ、目の下に隈がある。
 そうさせた原因の一つに私が関わっているのは承知の上。 ずっとさせてきたから。

 初めて会った時から一度も愛した事なんてない。
 カークスに近付く為なら誰でも良かった、それがたまたまジョルジュだっただけ。
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