契約結婚は月に愛を囁く
 居間の暖炉は赤々と燃え、冷え掛けていた私を溶かしてくれる。
 ハンナは暖炉の側の椅子に座った私に膝掛けを乗せて、言う。

「私もメリル様の世話をできて光栄です」

 この侍女はお母様と年の頃は変わらない。
 なのに一度も結婚する事なく、ずっとベネット子爵家の侍女として仕えて来てくれた。

 ハンナが言ったらしい。

『私はただの侍女でいたいと思います。 一番身近な使用人としてお世話がしたいのです』

 温かで、母でもないのに心休まる落ち着きを持たらしてくれる存在。
 今まで私の世話をしてくれていた若い侍女は結婚し、田舎で子育ての真っ最中だ。
 私にとっては姉のような存在で、侍女であっても自身の幸せを得られたのが自分の事のように嬉しかった。
 その後、私の新たな侍女となったのが彼女、ハンナだ。

「メリル様、明日は良い天気になりそうですね」

 暖炉の火を見つめていた私にハンナが声を掛ける。

「そうなのかしら」

「えぇ、火がパチパチとよく燃えていますもの」

「明日はパイを焼いてみたいわ」

「キッチンの方に話しておきましょう」

「お願いね。 カークス様はサクサクのパイがお好きなのよ」

「ですが、カークス様はこちらには……」

「えぇ、ハンナ。 それでも待っていると言ったのは私だもの」
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