契約結婚は月に愛を囁く
「メリル様、お夕食を少しでも」

「ごめんなさいね、あまり食べたくないの」

「では、温かいスープだけでもお持ちしましょう」

 そう言いながらハンナは心配そうに振り返りつつ、寝室を出て行った。

 カークス様の文には、ここ最近の様子が書かれてある。
 それを読んだ私は少しだけ気分を悪くしてしまった。

 時々、カークス様からの文がこうして私の元に届く。 それに応える形で私からも文を書き、カークス様の元に届けて頂くのだ。

 私がこの別荘に来て、一週間以上が経過した。
 本来なら私とカークス様との正式婚約の御披露目が間近に控えていて、その準備に奔走している段階のはずだ。

 ところが今の私達には何もない。
 帰る場所も、その先の未来も、絆も。

『婚約破棄したい』

 私からお父様にお願いしたのはここに来て数日後の事。
 それは裏切りがあったからではない、私という存在が彼を縛っているような気がしたのだ。

 カークス様の幸せを待ち望んでいるし、彼の想うアイリス様は素敵な方だ。

 私はずっと婚約者として幸せな日々を過ごして来た。
 そこに想いが何もなかったとしても、カークス様の側にいられて本当に幸せだったから。 だから彼の幸せが私以外のどこかにあるのなら、その想いを遂げて欲しいと思ったのだ。

 なのにカークス様は文の中で言う。
 私との些細な何気ない日常が自分にとっての幸せだった、と。
 ここに会いに来た時もそうだ。 自分にとっての婚約者は私だけだ、と。

 どうしてだろうか。
 今のカークス様の方が、不幸せな気がするのは。 彼をさらに縛っている気がするのは。

 私はカークス様の幸せとアイリス様の願いを望んだはずなのに。
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