契約結婚は月に愛を囁く
 ただ、殴り掛かろうとした相手は貴族だ。
 殴り付ければ、例え悪いのが子息であっても平民のダビデに命はない。

 それでも構わずに殴ろうとした時、止めたのはカークス様。

『何事だ?』

 騒ぎを聞き付けて、やって来たのだ。
 彼の側にはジョルジュ卿、そしてアイリス様を伴って。

『カークス様……』

 私が理由を話そうとするまでもなく、目の前に広がっている状況を見て察したらしい。
 ダビデが何をしようとしたのかも。

『ダビデ、どんな理由があろうとそれはいけないよ』

 ダビデはカークス様の静かな声に一旦は動きを止めた。
 ところが、そう簡単に怒りが消えるわけもない。

『ですが、カークス様! あいつは……!』

『ダビデ。 君が今すべき事は彼女を守る事であって、拳を振り下ろす事ではないはずだよ』

『それは、そうですが……』

『この場は俺に任せてくれる?』

 カークス様は私とダビデ、そして彼女にも視線を動かして言った。

『大丈夫だから』

 隣で心配そうに事態を見守るアイリス様がチラとカークス様を見上げて微笑んだ。
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