契約結婚は月に愛を囁く
執事ジョージ
 バルコニーに続く、その扉。
 月明かりに照らされた寝室。

 昨夜、使用人が寸分の隙間もないくらいにきっちりとカーテンを閉めていった。
 それでも、外から漏れる明るさは布地を通しても伝わってくる。
 そのカーテンはそのままに扉だけを開け、外からの風を呼び込んだ。
 ベッドサイドのナイトテーブルには飲み掛けのホットミルクがカップに残っているが、もうすっかり冷め切っている。

 我が伯爵家の使用人はいまだに毎夜、俺にホットミルクを用意する。
 もう子供ではないし、来月には正式な婚約者の御披露目もあるというのに。

 どうやら六十代を越えた執事のジョージは、俺を子供扱いしていたいらしい。
 何故ならジョージは俺を最近までお坊ちゃまと呼んでいたのだ。
 いい加減やめてくれ、と頼んだ時は感慨深げで。

『お坊ちゃまはいつの間に大人になられたのでしょう』

『ジョージが年取ったのと同じだよ』

『私はまだまだ若いつもりでございます』

 どう見たって俺はもう大人の身体なのに。

 この部屋は毎朝の空気の入れ替えを欠かさないし、寝具はコーヒーシミもなく、真っ白を保っている。
 シワ一つなかったシーツカバーは、この時間になってもピンと張っている。

 それはそうだ、さっきまで隣室の婚約者のベッドにいたのだから。

 ジョージはそんな俺を、見て見ぬ振りしている。 きっと大人になったと認めたくないのだ。
 子供のいないジョージにとって、俺はいつまでも可愛いままなのだろう。

 銀髪を後ろに流して執事服を着こなす彼の顔には、長年の皺が刻まれるようになった。
 早くに妻を亡くしたジョージは、こんな俺を一人前の次期伯爵にするために毎日小言も刻み込む。
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