契約結婚は月に愛を囁く
 伯爵家で雇うようになったのは、旦那様とカークス様が共に領地の視察に訪れたのがキッカケだ。

 その時、女は村にある洗い場まで洗濯物を洗いに行く道中で、家族全員分だから量は半端ない物だ。
 ところが、まともに食べ物にありつけていなかった女は体力不足と過労で、道端に洗濯物をぶちまけてしまった。
 そこへ伯爵家の馬車が通り掛かり、洗濯物で道を塞がれた馬車は立ち往生。

 馬車の中にいたカークス様と伯爵様は、当然ながら何事が起きたのか知る由もない。 ただ待つだけだ。
 なのに、いつまでたっても馬車は動かない。

 どうしたのか、と伯爵様が馬車の中から外に顔を見せると、カークス様が馬車を降りてしまった。
 するとそこにあったのは洗濯物を拾いながら立ち上がれず、よろける女の姿。
 お優しいカークス様は女に近寄って、洗濯物を集めながら声を掛けたのだ。

『謝る必要はありませんよ』

 洗濯物は洗う前だ、汚れ物ばかりだ。
 そんな物をカークス様は当たり前のように触るのだ。

 伯爵様はカークス様の様子を不安気に感じながら見ていたと言う。
 その時に何を考え、何を決心なさったのか私にはわからない。

 ただ、カークス様はご自分の役割と領地の貧富の差に幼いながらも気付いたのかもしれない。
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