契約結婚は月に愛を囁く
 カークス様がお帰りになったのは、発ってから二十日後の昼過ぎだった。
 その日は天気が優れず、ポツポツと雨が降り始めていた。

 馬車から降り立ったカークス様は、帽子を手にコートは腕に抱えている。
 どこか足取りは重いようだ。 少々の疲れが見えるようで、顔色は良くない。

「お帰りなさいませ」

「ジョージ、帰りが遅くなってすまない」

 淡々とした言葉と言葉だ。
 カークス様から鞄を預かると、後ろを付いて屋敷内へと入って行く。

「室内は暖めてあります」

「ありがとう」

「すぐにお茶の準備をさせますので」

「メリルはどうした? 迎えがないようだが」

「今日は冷えそうですので、暖炉の火を強くしてブランケットも用意しましょう」

「ジョージ」

「ヘンダーソン伯爵のお身体はどうでした?」

「それは大丈夫だ。 なんとか起き上がれるようになったらしい」

「それはようございましたね」

「ジョージ、答えろ。 メリルの姿が見えないようだが」

「私からお答えする事は何もございません」

「ジョージ!」

「では、ブランケットの準備をしてまいります」

「ジョージ!!」

 もう、これ以上カークス様と顔を合わせていたくなかった。 失礼な事だとわかっていたが、どうしても耐えられなかったのだ。
 メリル様に会いたいなら、屋敷中を探し回れば良い。
 だが、カークス様は主人だ。
 その方に言ってはいけない事まで言ってしまいそうで。 我慢出来そうな気がしなかったのだ。

『貴方様のせいです』

 ……と。
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