契約結婚は月に愛を囁く
カークスの思慕
 後悔するかもしれない、とは考えなかった。 後悔しない、とも思わなかった。
 何も頭に浮かばなかったのだ。
 その時の俺はただの男で、背負って来た荷物を捨てる事に罪悪を感じなかった。
 他に選択肢など考えられなかった。

 でも、こんな事になるとわかっていたら……。

 もしも過去を変えられるとしたら、俺はどうするだろうか。
 もしも時間を巻き戻せるとしたら、俺は……。

 いや、考えるまでもない。
 後悔するとわかっていても、やはり同じ行動を取るような気がする。

 何故なら……。
 欲しかったものがそこにあったから。 それしか見えていなかったから。

 そんな俺は大馬鹿者だ。
 大事な大事な宝物を失おうとしているのに。
 俺にとって、何よりも愛しい宝物だったのに。

 それでも……。
 アイリスを愛さずにはいられなかった。

 メリルの見送りを受けながら馬車で向かおうとしていたあの時。
 少しずつ遠ざかる距離と近付く距離が、俺の心を表していたのかもしれない。
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